翻訳作品紹介
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第5回選定作品
『麦ふみクーツェ』 
作品タイトル
『麦ふみクーツェ』 
作家名
翻訳者
英語版 / David Karashima
フランス語版 / Gérard Siary
ドイツ語版 / Thomas Jordi published
初版
2002年 理論社
2005年 新潮社(文庫版)
キーポイント
  • 喜びも悲しみもつらぬいて鳴り響く、圧倒的祝福の音楽。坪田譲治文学賞受賞作。
  • 時折かすかに鳴る祝福の音に耳をすませ、少年の成長を描く傑作長編。
(あらすじ)
 音楽にとりつかれた祖父と、素数にとりつかれた数学教師の父。鳴きまねが上手で「ねこ」とあだ名されるぼくが、祖父、父と3人でその港町に移り住んだのは、ぼくが赤ん坊の頃だった。小学校に入ってすぐの真夏のむしあつい夜、家にひとりきりのぼくが暗闇の中で震えていると、とん、たたん、とん、たたん、とん……と、音がする。靴だけが黒で、ほかの衣服は真っ黄色のへんてこな身なりのひとがいて、足元の土をふんでいる。そのひとはクーツェと名乗り、麦をふんでいるという。ぼくはその夜、大きくなったらクーツェと並んで、黄色い土のはるか遠くまで麦ふみをしようと決心した。
 クーツェに出会ってから10年以上の月日が流れ、ぼくは大人になるまでにたくさんの出来事に見舞われた。祖父がティンパニを担当する吹奏楽団の奏でる音楽は素晴らしく、用務員さんが全身で打ち鳴らす鐘の音が響くと、けんかはやんだ。ねずみの雨が降り、生き残ったねずみが街で暴れる災厄が街をおそったとき、ぼくが「ねこ」の声で退治したが、ねずみは闇にひそんで「やみねずみ」となった。やがてぼくは音楽家をめざして高原の街に行く。ぼくが離れている間に、嘘の口上で嘘の品々を売りつけるセールスマンに港町の人々は食い物にされ、数学のコンクールに落ちては絶望を深めていた父さんは……。
 街を災難がおそい、大切な人の死という出来事の中で、とりつかれたようにティンパニを叩き続けた祖父。でたらめな騒音が繰り返し身にふりかかっても、ぼくはクーツェの足音や、時折かすかに鳴る鐘に耳を澄ませ、楽園をめざす。
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