翻訳作品紹介
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第5回選定作品
『一日 夢の柵』 
作品タイトル
『一日 夢の柵』 
作家名
翻訳者
英語版 / Giles Murray
フランス語版 / Isabelle Sakai & Ryoko Sekiguchi
ロシア語版 / Alexey V. Zinov
初版
2006年 講談社
キーポイント
  • 透徹した眼差しで、生々しく奇妙な現実を描きだした野間文芸賞受賞作
  • 前へ、前へと進むしかない生の本質を、透徹した眼差しでとらえた傑作短編集
  • 老年期に入った男が送る日常の、本質と豊穣を描出した傑作短編集
(あらすじ)
 雨の日、90歳を過ぎた老母の誕生日を祝いに行った男は、逆方向にとって返し、友人の息子の写真展を観に都心のギャラリーを訪ねた。全てデジタルカメラで1秒間露出し、人が1秒間にどんなふうに動くかを映した写真にあるのはぶれた光景ばかりだったが、靴のあたりだけははっきりと形を留めている。1歩踏んでから身体が前に出る間も足がまだ地面についているからで、〈そうか、足は残るんだ〉と男は妙に感心するが、ではその瞬間足は残っているとして、人はどこにいるのだろう? 1秒の露出は、写真としては長いが、人の人生の中ではほんの一瞬だ。足は残る、足は残る、と思いながら、男の身体はその日も、老母の家へ、ギャラリーへ、前へ、前へと、躓くように転び出ていたのだ(一日)。中を知らない家が忘れ去られるのは、外側だけの家は風景の1部に留まり、ただ道端に建っているに過ぎないからだ。住宅地の中にあった家が壊され、次に新築される建物は喫茶店になるらしい。新築工事の現場を散歩がてら通る男は、以前そこにあった家を朧気に思い起こそうとする。前の住人は、人形を作っていたという。ある日、新しくできた家から飛び出して、向かいの道路に消えた小さな人影を見た男は、好奇心をかき立てられて無人の家に忍び込む。そこで男が目にしたものは……(影の家)。
 表題作の1編「一日」をはじめ、旧友の1人が病で死んだある1年を、書簡や日記で恬淡ととらえた「記録」、交差点でふと煙草を手にしてしまい、鬱屈した若い男に見とがめられ、つきまとわれる危機を描いた「要蔵の夜」など、人間の暮らしの中にある生々しく奇妙な現実をとらえた12編を収める。老年期に入った男の目が、日常の内奥に差す光と闇をとらえて見つめ、生きることの本質を文学として昇華させている。文壇の重鎮である著者による、凄みのある短編が網羅された作品集で、2006年に野間文芸賞を受賞した。
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