翻訳作品紹介
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第5回選定作品
『魂込め(まぶいぐみ)』
作品タイトル
『魂込め(まぶいぐみ)』
作家名
翻訳者
フランス語版 / Véronique Perrin & Myriam Dartois & Corinne Quentin
初版
1999年 朝日新聞社
2002年 朝日新聞社(文庫版)
キーポイント
  • 沖縄戦の記憶と悲しみを、鋭い感覚で描く幻想的な短編6編。
  • 戦争を記憶する海を見つめ漂う男の魂に、「帰れ」と語りかける女の祈り。
(あらすじ)
 太平洋戦争末期の1945年、沖縄諸島に上陸した米軍と日本軍の間で地上戦が行われ、多数の民間人が犠牲になった。乳飲み子の頃に戦争で両親を亡くし、祖母に育てられた幸太郎は、50歳を過ぎたある日、魂(まぶい)を落としてしまう。口にアーマン(オオヤドカリ)が棲みついてしまい、肉体を離れた幸太郎の魂は、海を見つめて漂っている。戦争で夫を亡くし、幸太郎をわが子のように可愛がってきた女・ウタは、肉体に戻るよう魂に語りかけ、戦争の記憶を反芻する。「帰れ」と魂に訴える、女の祈りは通じるのか(魂込め)。沖縄がアメリカの占領下にあった頃、小学4年生の少年は、移民先のブラジルから帰還したときには戦争で親族は残っておらず、以後、酒を友に孤独に生きていた”ブラジルおじい”と仲良くなる。だが老人は、ひっそりと死ぬ(ブラジルおじいの酒)。
 現在と過去が交錯する沖縄の風景から甦る記憶を描き、優れた短編に贈られる川端康成文学賞を2000年に受けた表題作ほか、「戦争と沖縄」を主題にした6編を収める。ベトナム戦争の前線基地だった占領下の沖縄で、前線を間近にして荒立った米兵たちによる凄まじいボクシングを目撃した少年が、激しい衝動に苛まれて親友Sを傷つけてしまう「赤い椰子の葉」、雛鳥の頃から「アカ」と名づけて愛おしんで育てた軍鶏(タウチー)が、賭場を仕切る暴力団の男に献上されて残酷な見せ物にされ、少年が敵うはずのない相手に復讐を企てる「軍鶏」など、沖縄の風土に息づく人と生き物の心的な世界を、沖縄の方言ウチナーグチを交えながら鋭い感覚で描きつくす。現実と別次元にあるような幻想的な雰囲気をまといながら、島が戦場となり、民間人の命が失われた悲しい「魂の記憶」をリアルに思い起こさせ、読者に伝える。1960年、沖縄出身の著者は、沖縄の自然や風土、歴史に根ざした小説を発表。97年、「水滴」で九州芸術祭文学賞と芥川賞を受けている。
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