翻訳作品紹介
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第5回選定作品
『お伽草紙』
作品タイトル
『お伽草紙』
作家名
翻訳者
ドイツ語版 / Verena Werner published
初版
1945年 筑摩書房
1972年 新潮社(文庫版)
キーポイント
  • 古典や民話に材をとり、現世に生きる人間の裸の姿を描いた傑作短編集。
  • 戦争末期に書かれ、日本古来の民話を至上の文学へ飛翔させた傑作。
(あらすじ)
 戦時下の日本で多くの文学者が沈黙、体制におもねていった中で、1人、太宰 治は深く芸術の世界に沈潜し、ただ内に向かって文学そのものと化したような、新境地を拓く傑作を発表し続けた。表題作は、戦争末期の1945年3月、連日の空襲など困難の中で書き進められて7月に完成、敗戦直後の10月に刊行された作品で、「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切雀」という日本人なら誰もが知る昔話について、ユーモラスな口調を生かしながら、人間宿命の深淵を垣間見せた傑作である。「瘤取り」では2人の老人が登場する。おなじ瘤を顔に持つのでも、あるおじいさんの家では何ら問題にならず、もう1人のおじいさんは日夜鬱々としている。〈性格の悲喜劇というものです。人間生活の底には、いつも、この問題が流れています〉。「浦島さん」は竜宮城で乙姫と戯れているうちに時を忘れ、帰郷したときには300歳で故郷も人々も消えていたのだが、太宰は浦島が300歳となって不幸だと考えるのは、俗人の勝手な先入観にすぎないとする。〈年月は、人間の救いである。忘却は、人間の救いである〉。遠くに去った竜宮城の思い出を胸に、浦島はその後の10年を幸福に生きたと、昔話を換骨奪胎させ、先鋭文学へと飛翔させた。
 1909年生まれの太宰 治は、戦時下にあって芸術至上主義をつらぬき、日本文学の伝統を支える秀作を発表したが、終戦3年後の1948年、疲労し、絶望を深めて玉川上水に入水、満39歳の誕生日に遺体が発見された。自己の人生観、芸術観、倫理、思想、実生活体験のすべてを投げ込んで創作された絢爛豪華な作品群は死後60年以上経ってもまったく古びずに読み継がれ、新たなファンを獲得し続けている。
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