第3回JLPP翻訳コンクール
ちらし

● 第3回JLPP翻訳コンクールの結果

文化庁では、文芸作品の優れた翻訳者を発掘・育成するため、平成29年6月より公募してまいりました翻訳コンクールについて、このたび、第3回の受賞者を決定しましたのでお知らせします。また、審査委員の講評、並びに英語部門最優秀賞作品、仏語部門優秀賞作品を掲載します。
本コンクールの授賞式及び記念シンポジウムについては、▶記念シンポジウム2018のバナーをご覧ください。

■ 英語部門

○応募者数
34名(68作品)
○ 受賞者
( )内は国籍
最優秀賞(1名)
イアン・アーシー (カナダ)
優秀賞(2名)
マイケル・デイ (アメリカ合衆国)
 
ウィニフレッド・バード (アメリカ合衆国)
○ 審査講評
審査委員会では当初,今回の応募作品は全体として,過去2回に比べ,翻訳の質が若干落ちているのではないかという感想も述べられもしましたが,これは当然ながら,これまでと違って選択の許されない課題作の湛える独特の難しさに由来するのかもしれず,そうした比較が容易にできるものでないことは言うまでもありません。実際,審査の過程で明らかになったのは,翻訳において,原文の正確な読解と行間への深い洞察の双方が求められ,なおかつ訳文としての英語の冴えも期待されるのはいつものことであるにしても,今回の課題となった両作品の場合,そのハードルがかなり高かったのではないかということでした。
正確で見事な訳文と思いがけない誤読による訳文,或いは工夫を凝らした明晰な訳文とひどく生硬な訳文の混在が,最終選考に残った11篇のなかにもかなり散見されたという事実が,課題作の難しさを雄弁に物語っていたように思われます。まずテクスト全体を読んで,その世界を自分なりに理解,構築し,浮き彫りにするべき状況,場面がどのようなものであるのかを見定めたうえで訳文を完成させ,さらにその後で,例えば音読によってリズムや話法を含む表現の不協和音を探し当てて推敲を重ねるといった努力が,これまでの課題以上に必要であったのかもしれません。
しかしながらそんな中で上位3作が満場一致で比較的短時間のうちに決定したのは、この3作が課題テクストへの読み込みの深さに支えられた情景の喚起力,訳文の正確さと格調の点で傑出していたからに他なりません。最優秀作の決定に当たっては,したがって,この3作を比較検討することになりました。半ば繰り返しになりますが,課題作の「蛾」と「銀座アルプス」はかなり肌合いの違うテクストであり,正直なところ,候補作それぞれに得手,不得手があるように見受けられたというのが正直なところです。
前者は見慣れた日常世界と不気味とも言える領域の共存,もしくは日常に侵入してくる非日常を,さりげなくも陰翳のあることばで描いているところに味わいがあり,後者がかなり自由に紡ぎ出す回想は多少とも当時の日本および銀座についての知識を読者に要求します。翻訳対象として,これほど趣の異なった作品はかなりの難物であると言えるでしょう。上位3作はそれにもかかわらず,それぞれの個性を発揮しながら見事な翻訳作品となっています。心から拍手を送りたい。その上で,訳文の丁寧さ,正確さとイメージの豊かなふくらみを総合的に判断して最優秀作を決定しました。受賞された方にはおめでとうございますと申し上げると同時に,翻訳もまた文学作品である以上,対象テクストと翻訳者の間にはいわく言い難い相性とでもいったものが存在するという思いを,今回はとくに深めたこともあわせて申し添えます。
審査評は以上で尽きますが,いつものことながら,審査委員一同,一つのオリジナルに対する複数のヴァージョンを味わいながら,文学テクストに織り込まれた意味の広がり,多義性を改めて感じることができました。応募してくださった方全員に感謝いたします。応募作を読むのは楽しみであり,評価するのは苦しみでありますが,楽しみが苦しみにまさっていることは申し上げるまでもないでしょう。ややもするとことばが軽視されるきらいのある今日,これからもことばに,そして日本文学に関心のある多くの方が,苦しみながらいろいろな翻訳に挑戦してくれることを願って止みません。そのときにはきっと苦しむ以上に楽しさを味わっているはずですから。
マイケル・エメリック
スティーヴン・スナイダー
ジャニーン・バイチマン
髙橋和久
○ 最優秀賞受賞作品
イアン・アーシー
『蛾』 [PDF]
 
『銀座アルプス』 [PDF]

■ 仏語部門

○ 応募者数
8名(16作品)
○ 受賞者
( )内は国籍
優秀賞(1名)
バンジャマン・ジルー (フランス)
奨励賞(2名)
フランソワ・ブランジェ (フランス)
 
アナイス・ファルジャ (フランス)
○ 審査講評
何よりもまず,江國香織「蛾」と寺田寅彦「銀座アルプス」という,時代も文体もまったく異なる二作の翻訳という今回の難題に挑戦し,一定の成果を結実させた応募者全員の健闘をたたえたいと思う。
江國の短篇が,簡潔で含みのある文章を駆使し,男女の感情の亀裂の根元に不穏な生きものの臭いをたきしめているのに対し,寺田のエッセイは,科学の論理を装いつつ,そこからあふれた情感を巧みにすくいあげている。繊細さのうちにしぶとさを含みもつ前者と,骨太な論旨の進行に独特な繊細さをただよわせる後者は,翻訳に関してそれぞれ別様の困難をはらんでおり,その両者ともどもを一人の訳者が上手にこなすのが,非常な難事であることは言うまでもない。結果として,日本語の文章を正確に読解する能力においても,フランス語によって適切な文体を創出する能力においても,きわめて高度な水準が求められることになった。
奨励賞となったフランソワ・ブランジェ氏は,両作のどちらをも平均以上のまとめ方でこなしている。難を言えば,「蛾」では文体がやや冗長にすぎ,「銀座アルプス」では翻訳というより解釈にとどまる箇所が散見されたことだろうか。ただし,成長の見込める余白も感じられた。
おなじく奨励賞のアナイス・ファルジャ氏は,崩れのない穏やかな文体で,バランスも悪くないが,「蛾」においてしばしば原典から離れすぎる印象を受けた。「銀座アルプス」については,他の候補者と比べてやや不自然な箇所や脱落があるのが気になった。資質として,「蛾」のような文章の翻訳のほうに向いているのではないか。
ともあれ,ブランジェ氏もファルジャ氏も,訳文に丹念な工夫の跡が見られ,処理の上手さに膝をうつ箇所がいくつもあった。今後,さらにトレーニングを積み,読書体験を深めることで,優れた翻訳者に成長してゆくことが期待される。
優秀賞となったバンジャマン・ジルー氏の訳文は,両作の文体の違いを巧みに表現することに成功している。「蛾」の翻訳の文体は全体にわたって滑らかで原作の空気をよく伝えており,突出した魅力はないかわりに,堅実で自然な言葉の流れを感じさせる。さらに見事な成果を挙げているのは「銀座アルプス」のほうであり,そこでの文体創出のセンスには,並々ならぬフランス文学の素養が感知される。とくに,一種プルーストふうの冒頭部分(このエッセイの要をなす部分である)からの「摑み」の処理は鮮やかである。
ただし,ジルー氏が優れた資質を備え,これほどまでに「書ける」翻訳者であることを認めたうえで,だからこそたいへん残念に思わずにいられないのは,丁寧に辞書さえ引けば避けられたはずの大小の誤訳があちこち散見されることだ。今後の精進を望みたい。
今回,最優秀賞は該当作なしという遺憾な結果に終わったが,それは冒頭に述べたような課題の難度の高さのゆえでもあろう。この結果に臆すことなく,次回以降,もっと多くの方々が本コンクールに挑戦し,翻訳の技倆を競っていただきたいというのが,審査員全員の心からの希望である。
コリーヌ・カンタン
アンヌ・バヤール=坂井
堀江敏幸
松浦寿輝
○ 優秀賞受賞作品
バンジャマン・ジルー
『蛾』 [PDF]
 
『銀座アルプス』 [PDF]
-
「第3回JLPP翻訳コンクール」の実施について
(終了いたしました)
第3回JLPP翻訳コンクール応募の皆さまへ
第3回JLPP翻訳コンクール応募作品の郵送先が決定いたしましたので、お知らせいたします。
郵送先は、「個人情報保護法」に対応して決定されましたので、JLPP事務局の住所とは異なりますのでご注意ください。
また、応募作品は、課題作品の小説部門1編、評論・エッセイ部門1編の合計2編となります。
応募の受け付け期間は2017年6月1日(木)~7月31日(月)です。
その他、応募についての規定についてはサイト内の要項でご確認ください。
●応募作品郵送先
(英語表記)
JLPP Office
T&K bldg
3-40-7, Kitaya,
Souka-shi, Saitama 340-8501
Japan
(日本語表記)
〒340-8501
埼玉県草加市北谷3-40-7
ティ・アンド・ケイパッケージ内
JLPP事務局
文化庁では、文芸作品の優れた翻訳家を発掘・育成するため、翻訳コンクールを以下の通り実施します。
  1. 応募資格
    国籍、年齢は問わない。ただし、翻訳作品の単行本の出版経験を有する者は応募できない。雑誌等での掲載経験は可とする。
  2. 応募方法
    • 専用の応募用紙をホームページよりダウンロードし、必要事項を記入する。
    • 翻訳作品は、データ(CD-ROM)と出力したものを指定場所へ応募用紙とともに送付する。郵送先は2017年4月以降にJLPPホームページ上で発表する。
    • 出力は、A4サイズ又はレターサイズ/縦長、横書き、32行/1枚、文字は12ポイント、フォントはTimes New Roman、左右に1.5cm以上の余白、総ページ数及び通し番号を記入する。
    • 翻訳者の氏名は原稿には記入しない。
    • Eメール等、郵送以外の方法で提出された応募は受け付けない。
    • 提出物に不備があった場合には原則的に受け付けないが、やむを得ない事情のある場合は個別に対応する。
    • 提出物の返却はしない。
  3. 期間
    作品受付期間
    平成29年6月1日(木)〜7月31日(月)当日消印有効
  4. 課題作品
    (1)小説部門
    「蛾」
    江國香織
    (2)評論・エッセイ部門
    「銀座アルプス」
    寺田寅彦
    課題作品は、以下からダウンロードしてください。
    小説部門
    評論・エッセイ部門
    希望される方には冊子を郵送しますので、下記問合せまでご連絡ください。
  5. 翻訳点数
    小説部門、評論・エッセイ部門の各1点、計2点
  6. 翻訳言語
    英語またはフランス語
    • 賞は、最優秀賞、優秀賞を決定し、賞状及び副賞を授与。
    • 最優秀賞は、特に優れた翻訳を行った翻訳家(個人)を対象とするもので、各言語1名以内を原則とする。
    • 優秀賞は、優れた翻訳を行った翻訳家(個人)を対象とするもので、各言語2名以内を原則とする。
    • 過去に本コンクールで最優秀賞を受賞した者は、原則として賞の対象としない。
  7. 審査委員
    英語/
    髙橋和久(英文学者、東京大学名誉教授)
    Stephen Snyder(翻訳家、日本文学研究者、ミドルベリー大学教授)
    Janine Beichman(翻訳家、日本文学研究者、大東文化大学名誉教授)
    Michael Emmerich(翻訳家、日本文学研究者、カリフォルニア大学ロサンゼルス校上級准教授)
    フランス語/
    松浦寿輝(フランス文学者、詩人、小説家、東京大学名誉教授)
    堀江敏幸(フランス文学者、小説家、早稲田大学教授)
    アンヌ バヤール=坂井(翻訳家、日本文学研究者、フランス国立東洋言語文化大学教授)
    カンタン・コリーヌ(翻訳家、フランス著作権事務所代表)
  8. 入賞者発表 平成30年1月末日
    • 入賞者には、平成30年1月末日発表前に直接、結果を通知する。
    • JLPPホームページにおいて、入賞者のプロフィール、審査評を掲載する。
  9. 問合せ先
    JLPP事務局(現代日本文学翻訳普及プロジェクト)
-
第3回JLPP翻訳コンクール記念シンポジウム2018