第2回選定作品
作品タイトル
『樹影譚』
作家名
翻訳者
初版
1988年 文藝春秋
キーポイント
- 精緻な文体を大胆自在に駆使した、小説の醍醐味をたっぷり味わえる名作。
(あらすじ)
「樹の影を見ると、何かなつかしいような、やるせないような気分になる」
作家である語り手は、素っ気ない無地の壁を背にした鮮明な樹の形を偏愛している。殊に日差しの強い日、並木の影がまっすぐに映っているのを好む。季節や時刻、天候によって、影は斜めに映ったり薄かったりするが、それはそれで風情を感じる。しかし、地面に落ちる影にはさして興味を示さない。また、影が映るのが、多くの窓がある壁や煉瓦作りだったりしても、興がそがれる。
このような性癖の由来は、自身の研究の絶好の手がかりになると、語り手自身も非常に興味深く思っているが心当たりはまったくない。ただ、以前読んだナボコフの短篇小説から、ナボコフがまったく同じ趣向を持っていることを知った記憶がある。しかし、ナボコフの翻訳を手がける3人の翻訳者に尋ねてみるが、皆、そのような作品は思い当たらないと言う。ひょっとしたら、語り手が目覚めているときに創っていた物語が夢に入り込み、自作ではなく他人の短篇小説となって記憶の片隅にあったのかもしれないと語り手は考える。
このような経緯で、語り手は既存の誰かの作品と似ている箇所があるかもしれないという危険を承知の上で、短篇小説を書く決意をする。そして、影にまつわる記憶をたどろうと、70過ぎの小説家から、2歳半の幼少期、さらに前世へ、未生以前へとさかのぼっていく。
小説、批評、翻訳と多彩なジャンルで活動し、2012年に死去した著者の名篇。
ジャンル:短篇小説
受賞:川端康成文学賞受賞作(第15回)
(優れた小説に贈られる賞)