翻訳作品紹介
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第3回選定作品
『シングル・セル』
作品タイトル
『シングル・セル』
作家名
翻訳者
ドイツ語版 / Heike Patzschke published
初版
1986年 福武書店
キーポイント
  • 東京で増加する単独世帯の論理を思考実験的に追求した長篇小説
(あらすじ)
「異なる性質のシングル・セルが出会ったとき、どのような化学反応が生ずるのか?」
 
主人公は25歳の大学院生、椎葉幹央。彼は幼い頃に母を亡くし、9年前に父が急死してからは東京で一人暮らしだ。苦学生の彼は農学部の友人と家庭教師のアルバイトをしている。
 ある晩秋、椎葉は「松の家」という旅館に滞在している。彼は大学院に残って研究生活を続けたいと願っているが、T教授は彼を見限り、就職をすすめていた。来春の大学院卒業を控え、椎葉は静かな環境に2週間留まって学位論文を仕上げようとしていたが、失望感から執筆ははかどらない。将来を考える意欲もなく、彼の心は過去を思って感傷的になるばかりだ。振り返ってみれば父を亡くしてからは他人との縁を断ってきた。一人で生活し、貧しさゆえに自由になる時間はすべて働いてきたのだ。
 何とか論文を仕上げる気になった椎葉は、滞在の最後の日にその宿で一度見かけた稜子という女性に会う。彼女に家に帰る旅費がないと打ち明けられ、彼らは一緒に東京に戻り、セックスし、しばらくは共に生活するが、最後に彼女は去ってしまう。
 この物語は著者が楽しみに作り上げた科学実験のようだ。外の世界との関係を断った孤細胞(シングル・セル)である個人、極論すれば植物のような個人が動物的な鋭い嗅覚をもった異性の孤細胞と出会ったら、そこにどのような化学反応が生ずるのか?農学部出身の著者の経験は椎葉の詳細な人物設定に生かされており、そのリアリズムがこの洗練された文学的実験を支えている。
 
ジャンル:純文学
受賞:泉鏡花文学賞(第14回)
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