翻訳作品紹介
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第5回選定作品
『爆心』 
作品タイトル
『爆心』 
作家名
翻訳者
英語版 / Paul Warham
ドイツ語版 / Nora Bierich
トルコ語版 / Devrim Çetin Güven
初版
2006年 文藝春秋
キーポイント
  • 被爆地・長崎の原体験と群像を描き、高く評価された傑作短編集。
  • 被爆地で生きる人々の原体験とその後の日常を綴る。
  • 現在の長崎を基点に、原爆という重いテーマを改めて問う。
(あらすじ)
 太平洋戦争さなかの1945年8月9日、長崎に原子爆弾が投下された。本書は被爆地周辺で生きる人々を主人公に、彼らの原体験とその後の日常を綴った短編集。「私」はだれで、どこから来たのか。「鳥」の語り手、「私」の戸籍の父母の氏名欄は真っ白で、誕生日は長崎に原爆が落とされたその日になっている。瓦礫の中で泣いていた赤ん坊の「私」を拾った養母は、「私」を胸に抱き、無我夢中で原子野から逃れた。「私」は育ち、就職し、結婚して子供が生まれ、孫も生まれて還暦を迎えた。けれども「私」は、自分はだれなのかとの問いを反芻し続けてきた。被爆で亡くなった約7万4000人の中には乳飲み子もおり、死んだと記録されているうちの1人が、私かもしれない。〈それを思うと私はそのだれかの亡霊のようにはかない存在で、60年の時のすべてが淡い夢幻にも感じられるのです〉……。還暦を迎えた男が、自らの人生ともう長くない命の行方に思いをはせる「鳥」を初め、10代で被爆した女性が、被爆地で働いていた青年と時を経て不倫関係に陥り、過ちを犯した自分たちも、蝉や蟻、ウオマイなどと同様、神を知らぬ卑小な虫に過ぎないと思い至る「虫」、人間が”主”のコントロールを無視して爆弾を落とし、大勢を殺戮したあの日のように、人妻の欲望のブレーキが利かなくなる「蜜」、瓦礫の下敷きになった幼い弟と妹を置き去りに、動転した母の手をひいて被災地から逃げた過去を持つ老女が、4歳の少女と運命的な邂逅をして天に召される「貝」など、6編を収録。1945年の被爆の惨状を描いたシーンはわずかで、土地の記憶として被爆とカトリック信仰が刻印されている現在の長崎を基点に、原爆という重いテーマを改めて問い直す。著者は1958年、長崎県生まれ。長崎市役所の職員として勤めながら小説を書き、2001年、「聖水」で芥川賞を受賞。本作は高く評価され、伊藤整文学賞、谷崎潤一郎賞をダブル受賞した。
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