翻訳作品紹介
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第5回選定作品
『世間知ラズ』
作品タイトル
『世間知ラズ』
作家名
翻訳者
フランス語版 / Dominique Palmé
初版
1993年 新潮社
キーポイント
  • 生と死、言葉と生活、自己と他者。その隔たりの中で生まれる詩という問い。
  • 父の死を見据える冒頭詩から始まる、〈世間〉に対する詩という問い。
  • 日本を代表する詩人による、裸型の存在と孤独の深奥をさぐった傑作詩集。
(あらすじ)
 1931年生まれの著者は、10代で詩作を発表。以降、翻訳家、絵本作家、脚本家としても活躍する、日本を代表する詩人である。子供が読んですんなりわかるものから、哲学的、実験的なものまで作風は幅広く、1993年に刊行された本作は、詩とは、詩人とは、〈私〉とは何か、あざやかな言語の力で、裸型の存在と孤独の深奥をさぐった連作詩集。94歳4ヵ月で死んだ哲学者の父の死を、子として、詩人として見据える「父の死」から始まり、死を直覚して、より哲学的な思索で読者の心の奥を喚起する作品集となっている。
〈行分けだけを頼りに書きつづけて四十年/おまえはいったい誰なんだと問われたら詩人と答えるのがいちばん安心/というのも妙なものだ/女を捨てたとき私は詩人だったか/好きな焼き芋を食ってる私は詩人なのか/頭が薄くなった私も詩人だろうか/そんな中年男は詩人でなくてもゴマンといる〉(世間知ラズ)
 夕焼けを書いた詩があるとする。それは夕焼け自体と同様にとても美しいが、1日は夕焼けだけで成り立っているのではなく、その前に立ちつくすだけでは生きていけない。詩を含めて、そこにあるものがどれだけ美しくても、ふだんの生活には敵わない。詩は人にひそむ抒情を煽るが、詩の真理は「瞬間」に属している(夕焼け)。目の前にいる人のどこも見ていない鳥のような目の奥に潜む自我に、詩人の自我はこみあげるだけ、言葉では対応できず、音楽も詩も、逃げ出さざるを得ない(心の重力)。あるいは、飯を食ったり、人と馬鹿話をしているときだけでなく、詩のことを考えているときでさえ、詩人は詩から遠ざかっている(理想的な詩の初歩的な説明)。それでは、詩とは何なのだろうか。
 振り返ればひたすら立ちすくむだけの日々。生と死、言葉と生活、自己と他者、地上と宇宙。そのへだたりとジレンマの中でふいに生まれる詩は、永遠の謎めく問いである。
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