翻訳作品紹介
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第5回選定作品
『風の王国』 
作品タイトル
『風の王国』 
作家名
翻訳者
英語版 / Meredith McKinney
フランス語版 / Jean-Marc Weiss
ドイツ語版 / Isolde Asai
初版
1985年 新潮社
1987年 新潮社(文庫版)
キーポイント
  • 現代の語り部が放つ戦慄の冒険ロマン。
  • 「山の漂泊民」に視座を据え、管理国家の暗部を暴く戦慄の流離譚。
  • 出生の謎を探る男の行く手に現れた「風の王国」とは。
(あらすじ)
 18歳で日本を飛び出し、海外を放浪して帰国、今はトラベル・ライターをしている32歳の速見卓は、出版社の依頼で奈良の二上山を訪ね、短い法被をはおった特異な装束の一群と行き交い、異常なほど敏捷に歩く《翔ぶ女》を見いだす。鉱山を見舞った台風災害でそこで働いていた両親をなくした卓は、7歳で速見家に引き取られ、血の繋がらない1歳上の兄、真一と北陸の海沿いで仲良く成長した。兄は現在、人気歌手の麻木サエラと横浜で同棲している。《翔ぶ女》と二上山の風土に興味を抱いた卓は、土木、建設、運輸、デパートなど50社の傘下企業を持ち、政界やメディア、暴力団とも繋がる射狩野総業のパーティーで《翔ぶ女》=葛城哀と出会う。哀の父は自然の山河を故郷として「行」を行い、心を育む「天武仁神講」を主宰する葛城天狼で、奈良の葛城山系に住んでいた漂泊民の末裔だった。平和に暮らしていた一族は、明治維新後に日本が近代国家として「国民」の概念を作る過程で「サンカ」と俗称され、ある者は昔ながらの暮らしを守り、ある者は進んで里の世界に編入されていった。管理国家の時代に《浪民(ケンシ)》としてどのように生きるかを追い求めてきた人々と出会った卓は、やがて実父の血脈と、自らの出生の秘密を知っていく。俗世にまみれていく射狩野総業と「講」を守る葛城天狼との対立が深まる中、新たな世界観を得た卓は、歴史に埋もれゆく異族の幻影と、ほんとうの国家である「風の王国」を行く手に見据えて、歩み始める。
 1966年のデビュー以降、人気作家として活躍し続ける著者が、2度目の休筆後に改めて取り組み、80年に刊行した冒険小説。10代で敗戦を迎え、朝鮮半島から引き揚げた著者は、国家と人の無常を原体験として熟知し、思索を深めた。本作は、近代化の過程で消えていった「浪民」をテーマに、人と国家、経済、宗教、歴史を問う、戦慄の流離譚。
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